うんざりブログ

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寒さ

 

「テレビのニュースなどでは連日『二十年に一度』と報道されていたような気がする。大きな寒波に見舞われた年だった。たしかに現在に至るまであの時よりも寒い冬はまだ来ていない。
 しかも、まさにその冬一番の積雪を記録した、そんな日に、私はとぼとぼと一人で帰り道を歩いていた。お昼過ぎだというのに空は薄暗かった。分厚い雲が太陽を完全に隠していたからだ。
 だから辺りに人の気配はなかった。こんな寒空の下にいるのは、幾度目かの別れ話の果てに彼氏の家から飛び出してきた女子大生くらいだった。かろうじて冬の装いをしてはいたものの、この寒さでは無防備も同然だった。
 おまけに捨て鉢な気分だった。わずかに残っている足跡を追うこともせずに、深く積もった雪を踏み抜くようにして歩いた。ブーツ越しに伝わる冷たさが、痺れた指先をくすぐるように、チクチクと刺した。身体に吹きつける大粒の雪は、溶けることもなくそのまま凍りついて、ベージュのコートを白く飾った。私は泣いていた。
 呼吸が乱れているのは、ときどき大きなしゃくりをあげていたからだろうか、それとも体験したことのないほどの寒さのためだろうか。滲む視界と同じように、頭の中もぐちゃぐちゃに混乱していた。何かを考えることが怖くて、だからこの身を刺すように冷えきった空気が却って心地よかったのだ。私に必要なのはなにか別の苦痛だった。
 このまま死んでしまうのであればそれでもいいと思った。長く同じ時間を過ごしてきた相手を失った者は、半身を失っているも同然ではないだろうか。二人の間でのみ構築された思い出は二度と共有されることはなく、やがて永遠に失われてしまう。それが私という人間の多くを占めていたのであれば、私にはやはりポッカリと大きな穴が開いているに違いない。ともかく私は絶望に立たされていたのだ」
 ここまで書いて思わず笑いが込み上げてしまった。若き頃の自分というものはかくも恥ずべきほどに、そして羨ましいほどに乙女であったのか。その純真を一体どこに置き忘れてきたと言うのだろう。当時の感情を記憶として思い出すことはできるけれど、それは色褪せていて全く鮮度を失ってしまっている。
 時間はすべてを、残酷なまでに、解決してしまう。人生を変えてしまうような鮮烈な記憶でさえも、たとえその歩みは遅くとも、確実に風化させていく。きっと私たちがすべてを失わずにいられるのは、その人生があまりに短いからだ。もしもこの生命が永遠に続くとしたら、きっとすべてが溶けていってしまうのだろう。
 今年も雪が降る。来年も雪が降る。その次の年も。その次も。いまも思い出すあの日の寒さは、一体いつまで忘れずにいられるだろうか。