「あなたのこと愛しているわ」
「僕だって負けないくらい愛しているさ」
二人の口から紡がれる言葉はお互いの心を存分に焦がしてから、窓の外に広がる闇夜に溶けて消えた。あたりにはまだその余韻が漂い、だんだんと近づいていたはずの冬もくるりと踵を返したかのように、寒さなど微塵も感じなかった。
ガラス窓を隔てた外の世界には、二人の言葉の溶け込んだ空気が、さらに下を見れば美しい夜の街の景色が広がっていた。彼らはいま街を一望できる展望台の中にいた。展望台はそれ自体が美しくライトアップされた楼閣であり、もちろんその内から眺める景色もとびきりのものだった。
「本当にあなたのことを想っているのよ」
女はそう言って繋いだ手を強く握る。彼女の薄茶色の瞳は濡れているようだった。眼の縁に溜まる液体の張力は少しずつ増していき、やがて地球の重力に負けたとき、物理法則に従って、美しい曲線を描く白い頬を静かに伝った。
男は彼女の顔に手を添えると、親指を使って流れた思いの跡を優しく拭った。
「僕も君なしで生きていくことなんて考えられない」
何ひとつ混じりっ気のない心からの言葉だった。男も女を深く愛していた。
「もちろん私もよ。あなたを看取るのだけは絶対にごめんだわ」
「それは僕もだ。きみより少しだけ先に死ぬことにしよう」
「あら嫌だ。わたしの方が絶対に先よ」
「僕が」
「私が」
二人で声を合わせてふふふと笑った。それでも口調は真剣そのものだった。相手が自分と同じように思っていることをお互いによくわかっていた。
頭のなかをぐるぐると回っていた問題が解決し、疑いようのない結論が導かれると同時に、二人は競うようにして宣言通りの行動を実行することにした。
張り詰めたものが切れるような音を残して、夜の空に二人の身体が舞った。それは物理法則に従って、美しい街の光に溶け込んでいった。