むかし、むかし、ある村に、ひとりの少年がいました。
少年の仕事はヒツジの世話をすることで、丘の上にいるヒツジたちの面倒を見ていました。
来る日も、来る日も、同じことを繰り返す生活に、少年はちょっと飽き飽きしていました。なにか面白いことは起こらないかと期待して、退屈な日常を耐えるばかりでした。
ある日、少年は叫びました。
「オオカミだ、オオカミがきたぞー!」
少年は村を隅から隅まで走り回りながら、できる限りの大声を出します。村で一番偉い村長から、この前産まれたばかりの小さな赤ん坊まで、少年の声を耳にしない者はいませんでした。
みんな家から大慌てで出てきてオオカミの襲来に身構えています。大きな鋤や鍬を抱えている人もいました。
そんな様子を見た少年は大変に興奮して息を切らしているようでした。これはもちろん走り回ったためだけではありません。
それからというものしばしば少年は同じように村全体を駆け回りました。手に持った鐘を鳴らしながらオオカミがきたことを知らせます。そのたびに村人たちは家から飛び出して大きな危険へと備えます。
これが何度か繰り返されるうちに、少年の声に反応する人の数はどんどんと減っていきました。そしてある日とうとうただのひとりも家から出てくることはありませんでした。
「オオカミだ、オオカミがきたぞー!」
かつての少年は力の限り叫び続けます。誰も出てこないとはわかっていても叫ばずにはいられません。それは自分を奮い立たせるために必要でした。
目の前のオオカミたちはあの日と変わらぬ邪悪な光をその瞳に湛えています。幼い自分を守ってくれた村の大人たちのように、今度は自分がみんなを守る番です。
子供たちが手に持った鐘をガラガラと鳴らしながら村を練り歩きます。今日は年に一回のお祭りの日です。
村で一番のおばあさんは、無邪気にはしゃぎ回る子どもたちを見つめています。その顔はとても穏やかで、でもすこしだけ悲しそうです。
おばあさんは、村の大人たちと、あの元気なおにいちゃんが命をかけて取り戻してくれたこの退屈な日常に改めて感謝をしました。
あの日から、オオカミは一度もこの村に現れることはありませんでした。